ちっこいはなし

たのしいせいかつ

逆さの猪目

盛りが来れば後は下降線。頂点に達したフリーフォールには落ちるしか道が残っていないのだ。
とはいえここの夏は暑すぎる。人より少し高い私の体温と真夏の気温は実力伯仲といったところか。息も苦しいほどの湿った熱気。黒い髪の子供が黒くて重いリュックを背負って帰るのは、ビニールハウスのごとき蒸し暑い家だ。
なぜこんな真冬に夏を思い出したかはよくわからない。ここの冬は寒すぎず雪も降らず、いたって快適な極楽気分だ。やっぱりスカートは肌寒いが。それでも気温両極端の盆地の住人たちよりは恵まれているのではないか、と気休めを言い聞かせている。
神の前では人間は無力。(まあ元々、夏をここまで暑くしたのは人間なのだが……)人間は無力、人間は無力……神の怒りの前では人間誰しも無様に舌をさらけ出して肩で息をするしかない。みっともない。
タイムマシンがあるなら私は真っ先に、夏と冬の空気を交換しに行く。この世界の目まぐるしく発展していくテクノロジーの力で、空気を一定の温度に保ち続けて保存する手乗りサイズの機械が発明されるのを今か今かと待っている。
話がだいぶ横道に逸れた。結局、どんなものもピークを迎えれば後は衰えるだけだ、という話をしたかった。完成即崩壊というかつての日本の考え方は面白い。
青春だってそう。真っ盛りを迎える頃には既に終わりが見えている。嫌だなあ、私はまだ青いままでいたい。馬鹿みたいに騒いでひどい失敗をすることをまだ許してほしい。駄々をこねている間に朱夏が来る。逃れようのない、何年も続く夏が。
完成しないでくれ。私はまだおしまいにしたくないよ。